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連載『一枚の写真。』-vol.2-

この人を愛する人は僕の廻りに沢山いる。『ジャクソン・ブラウン』布施明じゃない。名画『タクシー・ドライバー』のある場面で彼の名曲『レイト・フォー・ザ・スカイ』が流れる…病んだアメリカを象徴するナイスなシーン…。当時僕に山程のアイデアやリズム・セクションについてを教えてくれたライブ・アルバム『孤独のランナー』。音楽家・奇人「デイビッド・リンドレイ」を知ったのもこのアルバムだった。今、いつもお世話になってる奇人「まじ」が弾いている楽器「ラップ・スティールギター」にハマッたのもこのアルバムだった。なにより何処か切なく熱くなれる彼の歌声とメロディは20代の僕を支えてくれていた。
この写真は1995,6年あたりだったかな〜?当時僕は世良公則氏の仕事していた。一切合切を(CDジャケット、コンサートパンフ、グッズ、会報誌etc)受け持ってた頃だ。世良さんのアルバム・プロデュースをマーク・ゴルデンバーグという人がやっていて、ギタリストでもある彼がジャクソン・ブラウンのツアー・メンバーで来日したこともあって楽屋へ入れて貰ったのであった。感動のあまり何も話せなかったけど、彼は友人のように気さくに握手をしてくれて、優しい笑顔で一緒に写った。繊細そうな彼の表情は今もしっかり覚えている。その繊細さは彼の作る作品に現れている…。今も衰えることなく歩んでいる、アメリカを唄うジャクソン・ブラウン…。

→Jackson Browne
| 一枚の写真 | 10:52 | comments(3) | trackbacks(0) |
連載『一枚の写真。』-vol.1-

祝!ワールドカップに寄せて

時は1987年あたり、この頃僕はフリーのデザイナーとしてようやく軌道に乗りかけていた。音楽関係の仕事の傍ら広告やSP物の仕事も入って来るようになっていた。よく出入りしていたのが赤坂にあったプロダクション伝説の「スタジオF」主にHONDAの仕事を中心に活動していた。なによりこの会社のスタッフ人が面白かった!ユニークな人物ばかり、すぐに溶け込めたしよく赤坂あたりを呑み歩いた。この写真はこのオフィスに集うクリエイターで結成したチーム『東京ドミノスF.C』この頃まだそんなにサッカーは盛り上がってもいなかったけど、なぜだかあれよあれよの間にユニフォームまで揃えていた。まるでピザ屋のようなので「ドミノス」ま、これがみんな着たかったわけだけど。それから毎週土曜日には練習を重ねフォーメーションだのゴールとは?だの合宿でミーティングまでやってたな〜練習もそこそこに無謀にも試合を次から次から入れるようになった。僕は中学は卓球部、高校は軽音楽部…まるでサッカーなんてしていなかったけど好きだった。殆どの連中がそれだった…トホホ。試合の度に現役サッカー部の大学生をフォワードに数名招き、僕らはチャラチャラバックを守った(笑)それでも普段スポーツなんてしていない夜型で酒臭く青白いクリエイター達はがんばった。でもタバコを吸う僕らには30分ハーフはきつかった。後半は足が縺れて縺れてまったく関係ない場所で足がつってる奴もいたな〜志澤くん!きつかったけどなんだか楽しかったな〜愉快なチーム『東京ドミノスF.C』成績は5戦5敗!1ゴール!この時のゴールはみんな飛び上がって喜んだのを昨日のことのように覚えてる。いつの間にか自然消滅しちゃったけど、男同士的な気分でいられたあの日々は素敵だった。ちなみに写真の右端と左端の男女は数年後結婚した。今も熱い同士だ。
*問題:さて、僕はどれでしょう?
| 一枚の写真 | 13:42 | comments(10) | trackbacks(0) |
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